尼僧物語

懸賞 2013年 12月 09日 懸賞

尼僧物語 [DVD]

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ミュンヘン・クリスマス市のロースト・アーモンドは美味しすぎて危険ですよ。
食べすぎで顔に吹き出物ができました。
でも、止まらないの~。

先日、テレビで放映されていて録画した映画を見ました。
オードリー・ヘップバーンの「尼僧物語」です。

オードリー・ヘップバーンと言えば、
「ローマの休日」
「ティファニーで朝食を」
「マイ・フェア・レディ」
「緑の館」を見ました。
他にも何か見ていると思います。
でも、「尼僧物語」は見ていませんでした。
ヘップバーンの尼僧姿がとても美しいですね。

第二次世界大戦前のベルギー。
名医パンデルマルの娘である看護師ガブリエルは尼僧になる決意をします。
ガブリエルはベルギー領コンゴの熱帯病の治療に従事したいという希望があるからです。
尼僧になることがコンゴに行く手段のように見えますが、ちゃんと信仰心はあるようです。
最初は修道女になる過程を丁寧に描いています。
すぐに修道女になれるわけではなく、いろいろな段階を経て最終的に修道女になります。
沈黙、従順を守り、虚栄をすて自尊心・高慢を捨て去らなくてはなりません。
鐘の音に従って行動します。
そして、反省をノートに書きつづり、告解します。
「食事時以外に水を飲みました」「おしゃべりしました」
なんだそりゃ~。水は飲まないと脱水症状になるよ~。
最初から「修業は厳しいよ、それでも修道女になる?」と節目節目に問われるのです。
耐え切れずに去っていく人もいました。
ガブリエルはやっと見習い修道女になり、シスター・ルークという名をもらいます。
医学の訓練中、シスター・ルークは指導の修道女から「試験を落第して、高慢でないことを示しなさい。神の試練です」と言われます。
シスター・ルークは葛藤し、苦しみながらも落第することができず、80人中4番という成績で合格します。
しかし、「コンゴはまだ早い」とコンゴには派遣してもらえず、ベルギーの精神病院に配属されます。
そこで懸命に働いて、とうとうコンゴに派遣さてもらえますが、現地人を治療する病院ではなく、白人を治療をする病院の外科医の手術看護師としてでした。
外科医フォルテュナティは、天才的な腕の外科医で無神論者ですが、シスター・ルークの腕の確かさを認めるようになります。
シスター・ルークの実力と人柄は患者たちにも認められていました。
シスター・ルークが軽い結核にかかったとき、隔離されたシスター・ルークには様々な見舞いの品が山ほど届くほどでした。
結核も癒え、不本意ながらベルギーに帰ったシスター・ルーク。
本当はコンゴに帰りたかったけれども地元の病院に配属されます。
第二次世界大戦がはじまり、ナチス・ドイツに侵略される中立国のベルギー。
愛する父はドイツ軍に殺されてしまいます。
激しく嘆くシスター・ルーク。
とうとう還俗することを決意します。
俗世の服を身にまとい、修道院のドアを開け放ち、去っていくガブリエルの姿。

ガブリエルは常に修行をなすことに真摯で、思い悩んでいました。
従順になれない、自尊心を捨てきれない、敵を憎んでしまう。と。
当たり前の人間の感情ですが、捨て去らなくてはならない建前です。
建前よ。できるわけないでしょう。

驚いたのは、手術助手をしている最中に鐘が鳴り、手術着のままで手術室の窓から顔を出して聖体拝領をしたりすることです。
いやいや、手術が終わるまでまてないのか~。
仕事が忙しいとき鐘が鳴ると、いちいち電話をかけて「今日の礼拝は休んでいいでしょうか」と許可をとることも驚き。
「患者と霊的世界の話をしているとき、鐘がなって祈りに行かなくてはならないので中断することがつらい」と言うと、
修道院長は「医療より信仰生活が優先です」というのです。
患者が優先だと思いますけれどもね。

結局、医療と祈りのどちらを重要視するかという問題で、医療のほうを取ったガブリエルは還俗するしかなかったのですね。

コンゴの現地人の描き方がちょっと。
コンゴの現地の神を信仰している人たちは首に動物の歯のお守りを下げていました。
ひとりの現地の男が「呪術師が白人を殺して悪霊を払えと言った」と罪もないシスターを殺します。
それでも「私たちは罪びとを許します」というシスター・ルークに感銘して、病院スタッフのイルンガが現地の宗教を捨ててクリスマス会に来るという描写も、現地の人を馬鹿にしています。
50年以上前の映画だから仕方がないですが、今ならそんな現地の文化を否定するような描写はないでしょう。
シスター・ルークたちがコンゴに着いたとき、手ぶらで汽車を降りたので「あれ?荷物は?」と思ったら、現地の人が荷物をもって付き従っていました。修道女なんだから、自分の荷物くらい自分で持ちなさいよと思いましたよ。

最後は、ガブリエルが修道院のドアを開け放ち、去っていく姿を修道院の中から撮っている構図でした。
わたくしは、「ドアを開けたら、ちゃんと閉めなさい」と思いましたよ。
構図的には象徴的で雄弁な構図かもしれないですが、修道院のドアを開けっ放しって、だめでしょ。

欧米人にとってはこのようなキリスト教的な矛盾に対峙することは切実な問題なのでしょう。
とてもまじめに正面から描いていることは感動的でした。
日本人はここまで宗教的ではないですからね。
宗教的・・・・我が家は真言宗なのでいつかはお遍路に行きたいわ。
歩かないで車で回りますよ。
それで、愛媛県立とべ動物園ととくしま動物園と高知県立のいち動物公園に行くの~。
(どこが宗教的なの)

わたくしは大学はミッション系でしたので、大学内ではシスターたちが行き交っていました。
お年を召したシスターが多く、モノトーンの修道服がペンギンのようでほほえましかったです。
のんきに暮らしているように見えていましたが、こんなに大変な修行をしていたのですね。
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by hamhaha | 2013-12-09 05:11 | たわごと | Trackback | Comments(0)

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